2011年11月11日金曜日

24+1 Winter comes..

Summer time in London このイス何気にうっかり座りそうになるが有料の為みんな芝に・・


夜の9時までSUN SUN



夏限定のGarden cafe URBAN PHYSIC GARDEN


後日、友だちがここでジュード・ロウに遭遇・・・ニアミス



GMT: Greenwich Mean Time グリニッジ標準時 ∞ BST: British Summer Time 英国夏時間

夏時間・・・・・・サマータイムって・・本当に、ふしぎ・・・・ほんとに・・言葉だけは聞いたことはあったものの解ってなかったこのシステム。先日、経験したのです。

つまるところ、イギリスでは3月最終日曜日1時(GMT)から10月最終日曜日1時(GMT)までの期間をサマータイムとしていて、通常より1時間時計を進める。今年2011年は10月30日(日)の夜中の2時(BST)にサマータイムが終わり・・ということで、時計を1時間戻したの・・今が標準時刻。

私、イギリスにこのようなシステムがあることを一切知らず、たまたま10月半ばにガイドブックをぱらぱら見てたら、「日本との時差は-9時間ですが、サマータイム時は-8時間になります」という注意書きを発見して、?・・時差がどうしてかわるの・・?・・・え?となったわけです。

純粋におどろく。時計をまわしていいなんて・・・・・しかしさらに驚くのが、この時間が変わる時をさほど英国民が気に留めてないこと・・・

用心深い私は‘うっかり時計を回し忘れて遅刻しないようにしなきゃ、ハラハラ’って、複数のひとに「何日の、何時に、時計を1時間戻せばいいの?」と聞いたが、ほんとみんな「えーとね、あれ、いつだっけな・・正式な日時って・・でも月末の・・・夜中の12時だっけ?(ほんとは夜中の2時・・)」という感じ。聞いたところによると、毎回この時間を変える日に、これを理由(言い訳?)にして授業やアルバイトに遅刻する人っているのだそう。

そしてそれを恐れて「い いつなの?」とひとりソワソワしてる私にも「大丈夫大丈夫!そのときがくれば、たぶんなんとなくわかるよ あはは」とやっぱり気にしないイギリス人。

結局、私はある朝8時に起きて、テレビをつけたら表示されてる時刻が7時で、・・・・・・・・え・・・・・・って。ある意味なんとなくわかったけど、こんなにさりげないなんて・・。一日が25時間てすごいすごい、8時に起きたのに7時に起きたことになった、ソフィーの世界みたい、ふしぎふしぎ・・とか人生初のサマータイムにひとりで湧いたのに。

なんだか国規模で時計をまわして時間を変えてしまうなんて、いたずらみたいで冗談みたいで、もう時間って何?と思ってしまう。1時間増えたことを意識しすぎて、「今日はやっぱりいつもより疲れたな・・」とつぶいやいてみたり(完全に気のせい)。

調べたところ、サマータイムの導入には色々な背景がある様。

皮肉なことに、メリット・デメリットが同じ・・というのは、メリットとしては‘日照時間に有効に働くことで照明の節約になる’とあれば、デメリットとしては‘時刻が変わることで各種コンピュータシステムの変更にコストがかかる’だとか‘早く帰宅することで家庭の冷房等、エネルギー消費があがる’と。またメリットとして‘外が明るい為犯罪や交通事故の軽減’とあれば‘時刻変更時の混乱により交通事故が増加する’とある。

ああ・・・しかし、ものすごく納得できるメリットを発見。「日照時間が増えることによる余暇の充実。」

これだろうなぁ、絶対これだろうな・・。今だんだん寒くなってきたから余計感じるのだけど、夏の英国民は本当に・・本当に輝いてるの、うれしそう、たのしそう。公園に行けばたくさんの人がごろごろー明るいうちからのんでー食べてー太陽をめいっぱいあびてーとにかく街も人も陽気、最高。

夏のロンドンも島も、毎日が週末みたいに明るいうちからパブが混みあったりしてるものだから「今日は何、同窓会?貸切パーティ?」と何度も聞いてしまった。イギリスは普段の天気が優れないこともあってか、夏の太陽はものすごく愛されてる。私はとにかく夏のロンドンの公園の雰囲気がすきですきで仕方なかった。パラダイス!

そして今、サマータイムもおわり、ハロウィンもおわり、暗くて寒い・・と言われるイギリスの冬を初めて迎えようとしている・・特に私のいる島は‘夏のリゾート地’な為、夏はあんなにわいわいしてた街も、最近ではスーン。ほんとスーン・・。町のフィッシュ&チップス屋の「10月から3月まで休業します」という張り紙を見ては、さらにスーン・・・・そんな働き方が許されるなんてうらやましい・・


ちなみに、日本でもサマータイムを実施してた期間があることを発見。太平洋戦争(第二次世界大戦の一部)に負けてアメリカやイギリスに占領されていた約4年間。1948年4月から1952年4月・・。

1952年!・・・・・・・・・・・・まだ占領が終わってから約60年しか経っていない・・・・

ものすごく、驚く。第二次世界大戦が1941年12月8日(日本時間)勃発ということは、来月で調度70年・・・・・・70年しか経ってないの・・・ほんの70年前の日本に、戦争の風景があったなんて。戦闘機が飛んだり、焼け野原があったり、いや想像もできない。

施設のおじいちゃんばあちゃんは90代の人も多くいて、敵同士だった時代を知ってる人たちが「遠い遠い日本からよく来たねえ、勇気があるねえ」て言ってくれるなんて。なんだか、ただただ、信じられない。そして、今も戦争中の国はたくさんあって。第二次世界大戦と同じ1940年代に始まり、まだ継続している戦争もある・・・ほんと言葉が何も見つからない。そういう時代がある、国があるって知ってこわくなるだけ。こわがることさえ、おこがましく感じてしまうほど何もわからない。

サマータイムの話から戦争の話になってしまった・・・どうしよう、問題が大きくてまとめる言葉が何もでてこない。実際に戦時を生きた、茨木のり子さんの詩でおわりにする。



「わたしが一番きれいだったとき -茨木 のり子」

わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達がたくさん死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった


わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり
卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように


2011年10月23日日曜日

Go journey go.

Ventnor Botanic Garden かわいいCafeを見るたびに、北ちゃんを思い出すよ
  
様々な国のGarden                             

THE NEW ZEALAND GARDEN 寺ちゃんとどこかの国でワイン飲みたいなぁ


Ventnorの海 小さなあいちんもこの景色を見てたのかしら
                                         

 
イギリスに来て、三ヶ月が経過。


一ヶ月目はロンドンにめろめろだった。二ヶ月目は働き出してがむしゃら。そして三ヶ月目、やっと日々を振り返る余裕が、少しできた。

「とりあえず三ヶ月・・」なんて言うけど、あながち否定できない。このたった三ヶ月の間に、何度となく味わったことのない感情を経験した。自分が思ってたより弱いことを知って、そしてやっぱり逞しいことも。


「28歳 留学 不安」

来る前はふと気づいたら、こんなキーワードを検索してしまう時があって。しかしGoogleで同じような不安を抱える人は果てしなく見つけることができても、やはり自分の答えはそこには当然なく。もともと私はものすごく慎重で、いつも無駄に先のことばっかり考えているし、だからこそずっとずっと海外に出たい気持ちがあったけれど、今になったのだと思う。


「今さら何をしに行くの」「帰ってきたらどうするつもり」
もし周りに、これから自ら海外へ出るaround30,over30がいたら、この手の質問はしないだろうなぁ。社会人を経て海外へ行くひとたちが、こういった自問自答と何回も何百回も戦い続けていくのがわかるから。

いわゆる安定から、一歩外に出ることは本当に勇気がいる。その安定だって、よく考えれば決して確実なものではないのだけど。


正直なところ、私は英語を扱えることにものすごく憧れて憧れて仕方なく、やっと諦めきれないことに気づいて、今ここに。外国でひとり、生活してみたかったの。

もう焦がれすぎてどこか卑屈になってたと思うくらい。関心がないふりをしたり、英語が話せるなんて海外で暮すなんて、たいしたことないって思いたいくらいに、愛しすぎてにくい状態でずっと諦める方法を探してた様な気がする。もちろん憧れに伴う努力ができない自分を、どうにか正当化したい怠け根性もあって。

転勤族であったことや、親の国際結婚、姉のボーダレスな交友関係により、比較的外国人が出入りする家庭環境であったけれど、その度に「話せたらなぁ」と憧れて、「話せない・・」とまた皮肉になって。理想が高い分、中途半端な英語すら話したくなくてむしろ敬遠。色んなチャンスがあったのにもかかわらず、素直になれなかった自分は本当に面倒くさい人間だとつくづく思う。

けれど20代も残すところあと2年となって、「ああ、こうやって卑屈でい続けるのはいやだなぁ。魅力的じゃない」とやっと、向き合うことに。

そして今ね。

もう毎日けちょんけちょんなのです。今まで避けてきた、恥をかくことだったり、自分の努力の足りなさ、知識のなさを気づかされたり、根拠のないプライドもぽっきり折れて、それはそれは空しい気持ちになる。

けれども、やっと正直に自分のだめなところも、憧れてることも言えるほどに、楽になったよ。
勉強したい、上達したい、できる人を本当に尊敬できる、憧れる、すごく。悔しがることすら格好悪いと思ってた気がするけど、ものすごく毎日悔しい。

こんな気持ちになれただけでも、来てよかったと本当に思えるのです。

もとはといえば、やりたいことを頑張ってる周りのみんながキラッキラしていて、それが本当大きな励みになったよ。「いい財産になるよ!」て、やさしい言葉にとても救われた。

私の場合はたまたま対象が「外国」だったけれど、みんなそれぞれ自分のジャンル、‘お店をやりたい’とか‘世界を叉にかけたい’とか‘家庭がほしい’とかとか・・自分の見たい景色を見ることがなにより視野を広げるのかもしれない。

学生から社会人、社会人からまた別のステージ・・いつも大きな変化が伴うときは、思いっきり鼻を圧し折られる。何度も何度も。だからこそ、そのショックをつよさに変えてよわき者に歩み寄れる、やさしい人間になりたいなぁ。

成長する植物を見ながら、しみじみ、そう感じた三ヶ月目です。



Special thanx...YUKO しょんぼりしてるとき、日本からCDとアメトークのDVDが届いた。まさかこの島で高田純次を見て爆笑するとは思わなかったよ・・ありがとう、ほんと最高!!!!!!!!!

  
Let's walk whenever my fancy takes one...


2011年10月9日日曜日

Laugh and grow fat.

ポテトコロッケ・・
Cornish Pasty ケーキがカスタードに溺れてる・・パイの中はポテト

ポテイト・・  

Jacket Poteto・・・!!!!!!


日々の食事・・・・・・・


イギリスと肥満、肥満と私、そしてイギリスにいる私。危険すぎる。イギリスの豆とポテト率の高さはうわさ程度にしか考えていなかったけれど、本当に米くらい当たり前にそこに在る。現在、職場から食事が提供されている為(つまりおじいちゃんばあちゃんも同じ食事ね・・)典型的な英国食生活の私。ヘビー。お皿もからだも重い。胃にくる。でも食べる。


だって、おいしい。。。。

「ごはんが・・」と言われるイギリスでおいしい食事を頂けるのはものすごく幸せなのだけど、ともかくヘビーで食後、罪悪感じんわり。。。そもそも私・・生クリームとかピーナツバターとか飲める位すきなわけで(きもちわるいでしょ・・)、喉が焼けるような輸入菓子もむしろすき、毒々しい色のスイーツにもそそられる。。和菓子も。その上、激辛もジャンクフードも多国籍も肉も魚も野菜も、甘すぎるお酒も喉を焦がすショットも。。ある意味、食に関しては無宗教の極み。

オーガニックとか無添加とか無農薬とか安い高い以上に、おいしくて楽しい食事てなんて心を満たすの。。

しかしながら、こんな私ですら・・やばい・・・てなるくらい肥満大国The United Kingdom。お年寄りの健康診断に立ち会った際、100㌔以上のひとが珍しくないくらい多くてとても驚いた。90歳以上で100㌔以上、日本の高齢者にはなかなかいないのでは。道行く人々を見ても体の大きい人は本当に多い。スリムな人の方が逆に目に留まる。特にカントリーサイドはよりその傾向があるかもしれない。

ドリンクにいれる砂糖の量だとかコンフレークにぶっかける砂糖の量だとか、はたまたパンにのせるバターやジャムの量・・やまもり。クッキーにバターをこんもりのせて食べてるのを見たり。バターはましてや塗るものじゃなく、食べるもの。具。スーパーマーケットのお菓子売り場もすごい・・。私にとっては全てが紀ノ国屋や成城石井みたいで心躍るのだけど、手にとった瞬間にその重さとでかさと安さに、色んな意味で苦しむ。

こちらでは肥満により膝にきてるケースは非常に多く、施設でも人をつりさげて移動させる機械や椅子から立たせる装置だとか様々ある。もはや人の力では支えられないの。それでもこのヘビー3食+山盛りスイーツ(Tea timeが数回・・)。。。表面上はパラダイスだけど、私はクレーンでぶーんとつりさげられてるおばあちゃん見てものすごく、「明日は我が身・・」と怖くてたまらなくなって翌朝走ってしまった。

それでもって、日本で私が走っていようものなら、いかにも痩せようとしてる人にしか見えないわけだけど、こちらでは「そうやって細いカラダをキープしてるのね~」なんて言われる始末。。。。あまりにもスキニー・・とかベイビードール・・とかマイリトルフレンドなんてじいちゃんばあちゃんに言われるものだから、うっかり海外での苦労で激やせでもしたかと思ったけど。。

しっかり太ってるし・・・・・・・・これキープしたいわけないし。。。。誰かにでぶって言われたい。今まで‘おいしい’だけを追求してたけど、こっちに来てから健康や栄養についてものすっごい考える。。


現在イギリスの肥満は社会問題にもなっていて議会でも取り上げられているそう。なにせ、世界三大肥満国アメリカ・メキシコに続いてNO.3・・・・ちなみに経済協力開発機構(OECD)加盟35ヶ国の中で日本は一番肥満人口が少ない、誇らしいよニッポン。健康は生命の基本、基本はとても大切。

前回、階級社会について触れたけど食からも垣間見ることができる。裕福な人たちはそれこそ外食やバランスの整った高い食材が手に入るのに対し、いわゆる「太る食べ物」は本当に低価格で手に入る。パン、お菓子、冷凍食品、芋、ジャンクフード。実際に裕福な人たちは比較的スリムで健康思考、砂糖やパンは茶色い方しか使わないとか「質」にこだわる傾向にある。このような意味でもイギリスで「スマートに自分を見せる(両方の意味でね)」ことはやや色んな思惑を含むのね。。。

タニタの社員食堂改革が必要だなぁ。わかめやすまし汁・・恋しい。

それこそタバコの箱に「がんになります」とか「寿命を縮めます」てこんな書いてあるなら、この異常に大きい冷凍食品やスナック菓子にも「心臓病・糖尿病はすぐそこ」とか書いたらいいのに。。増税するとか。そうやって対策を施しても、やめない人は絶対やめないのだから。

毎日、もう(食べても)いいかぁ・・て気持ちと、いやよくない!て気持ちと戦っていて、たまに負けてばか食い、一口目が異常に幸せ。帰国してから、やせたい・・て四苦八苦する自分が目に見えてて、考えるだけで面倒なのです。。。


世界一の肥満大国にいながらストイックなサラ・ジェシカ・パーカー・・・尊敬するわ・・

Laugh and grow fat.-笑う門には福来る



2011年9月20日火曜日

‘Goodnight Tonight’

 
Paul Mc Cartney´s Band on the Run

はじめての給料(おこづかい?)は感動して使えないと思ったが、即行おかし買った・・

職場のラウンジ

The most terrible poverty is loneliness and the feeling of being unloved.- Mother Teresa -
『最もひどい貧困とは、孤独感と愛されていないと感じることです。』

ここのところ、まいりにまいっていた私ですが、皆々さまのおかげでポジティブマインドを取り戻しつつ。本当に全てのおかげ。いつもの友人や、懐かしい友だちや、直接お会いしたことのない方までも、もう本当に誠実な言葉をかけて頂いてものすごく感謝!とてつもなく助けられた。みなさまの親切に何かしらの形で還元したいと思う今日この頃です。


さて、日々の話。現在私は老人福祉施設でケアワーカーとして勤労中。isle of wight-この島の魅力もさることながら、施設の部屋から見える景色もまるで絵葉書の様に美しい。

庭にりんごの木がたわわ、ダイニングやリビングやどこからも穏やかな海と切ない夕焼け。広々としたお部屋に薄くて大きいテレビに悠々とした窓。30数部屋の規模でひとつひとつの家具やデザインが凝っている。鏡の形だったり、棚やタンス、カーテン、ベットカバー、ソファ、クッション、ドア、わざわざ部屋ごとにこれらのデザインや柄が違っていて細かいところまでかわいらしい。もはや使い勝手以上にローラアシュレイな世界。

そして、おじいちゃんばあちゃんの小粋さには頭が下がる。みなさま高齢で外出することはほぼないのだけど、毎日スマートによそ行きの洋服を着て髪の毛もきちんと整えて、ブローチやアクセサリーもかわいく、ネイルもきれいにしてお部屋からでてくる。「くし」と「ハンカチ」は必需品。香りも大事。ほとんどの方が歩行やお風呂、お手洗い、食事と生活全般において手助けが必要な中、こだわりを持ち続けることはすてきなのです。紳士淑女には見習うべきところがたくさん。

イギリスは紛れもなく階級社会と言われており、階級を判断するひとつの材料として「服装」はとても重要な意味を占めるとされる。私はイギリスの何も知らずにまず来てしまったので、追いかけで色々学んでいるのだが、こちらの階級社会事情は調べれば調べるほど奥深い。

∞アッパークラス(上流)---皇室や貴族レベル。お金持ちの遥か上をいく階級。先祖代々の社会的地位や土地があり、資産管理が彼らの仕事。

∞ミドルクラス(中流)
・アッパーミドルクラス(中流・上)--いわゆる、お金持ち
・ミドルミドルクラス(中流・中)--お金を意識せず生活できる
・ローワーミドルクラス(中流・下)--お金を意識して生活

∞ワーキングクラス(労働階級)--肉体労働、低賃金

このように階級がわかれており、階級間の個人的な交流はほぼない。それはそのはずで、まず読む新聞が異なる、住む場所も違えば(住むエリアで水道代も異なる)使用するスーパーマーケットも違い、すなわち子供たちを通わせる学校も教育も、行く末の進学先、就職先も違ってくる。英語に関しても、なまりやアクセント時には単語も階級によって異なるというから驚く。

相手に直接階級を尋ねることはなくとも、身なりや持ち物、使う英語で相手の階級を判断する。また階級間の移動は絶対的に不可能ではないが、もともとの階級はやはり一生付きまとう。有名なところだと、サッカーのベッカム選手がワーキングクラス出身で、彼の英語はまさにそのクラスと判断できるものだとか。さらに彼は今セレブリティーなわけだが、それでも国民の意識は階級の繰上げというよりかは「ワーキングクラスからの成功者」。ビートルズも同じく。スポーツも階級によってわりとはっきり区別されている(観るのもするのも)アッパークラスは乗馬・ヨット・ハンティング・ポロ等、ミドルクラスはテニス・ゴルフ・クリケット・ラグビー等、ワーキングクラスはサッカー。名門の学校にはサッカー部が存在していないこともめずらしくない。何も知らない私から見たイギリスのサッカーは華やかなイメージがあったけれど、国民は受け止め方が違うのだなぁ。同じヨーロッパ圏でもイタリアのサッカーは貴族が観に来ると言うし。

思い返してみれば階級社会を感じる場面は諸々ある。例えば、ドライバーにスーパーマーケットを尋ねたとき「あそこが一番安くていいよ」と教えてもらって、それを貴婦人に伝えたところ「そこはだめ。品もよくないし、あなたはあそこのスーパーを使いなさい」と言われた。後から調べると、クラスでいう一番下のスーパーと一番上のスーパーなわけね。そしてイギリスでは、ふだん使用しているスーパーに例え品物がなくても、格上のスーパーに行くことはあっても、下にはほぼ行かないとか。意識をして観察すると、確かに身なりや話し方が本当に違う。見てわかる。

どこの国でも貧富の差はあるけれど、先進国でこれだけはっきりと階級があるのはもはや文化の一部なんだろうか。何世紀にも渡り、人種差別だとかカースト制度だとか奴隷制度だとか、人間同士はずっと戦っているのね。

こういった背景から見ると、こちらの施設のおじいちゃんばあちゃんは裕福と思われる。前職もしかり、お見舞いに来る親族の身なりもきちん。そしていくつ年を重ねても恋や愛を楽しんでいるイギリスのおじいちゃんばあちゃんたちであるが、やっぱり、やっぱり(前)お医者さまだとか社会的地位のある職業に就いてたじいちゃんてもてるの・・女とは・・。そして、ロンドン出身のヒューグラントはオックスフォード卒業のものすごくエリートだそうな。彼の英語もまたその階級らしく品のあるものだとか。もともとすきだけど、益々すきになる私もまた女なのです・・ 
かっこいい・・                                       

2011年9月6日火曜日

The law of the jungle

日本!かつて石原裕次郎もこの島に滞在し、ヨットレースに参加

レースの合図で大砲爆音、散歩中の犬そっくり返る

かわいくておいしいがそこら中に


知っている人、知らない人 たまに人のブログをのぞくと、かわいいしおもしろくて、会った事もないのに頭がよくて感心してしまう。内容以上の、ユーモアの才能に。

こうしてケーブル上でどうこう言うこと自体が自己本位なことなので、私も決して人の為に書いているわけではないけど、それでも自然と人の為になっているひとが素晴らしい。そういう人は実生活でもとても周りを助けている気がします。


今実際、私自身が言葉の壁に四苦八苦している中で、相手の話している内容はぼんやりーだったとしても「この人の話、なんて下品」とか、「あくどいこと言うなぁ」とか、そういうことはよく判る。ロンドンでほんの少しだけ通った語学学校でも、英語以外の言葉(彼らの母国語)を使って、その場にいる人によからぬことを言っている人たちもいたが、とてもよくわかった。

例えば、不躾にお金の話ばかりに執着する人だったり、下世話な質問ばかりしたり、一瞬「私が外国人だから何もわからいとでも・・」と思ったが、違うの。外国人に無礼な人は本国でも無礼者、そうなはず・・もやや・・としてたら他の英国淑女が後から‘大丈夫?とっても行儀が悪い人ね’と言って下さり、なんだかほっとした。
おそらく日本で同じ状況に合えば、だまれーと一掃できるものを、今はいちいち英語を真剣に聞いてしまうので、真剣な顔して聞き取った言葉が非常に不快なものだったりすると、相手にもだけど自分にも腹立ちます。 

しかし、もやしではない私。
部屋に帰ってから「大人の 話すことでは ありませんね」とか「うさんくさい それは あなたの勝手・・」とか、戦う英文を作成して(使うことはない)ふー勉強になった、と無理に消化。


どこかで、第二外国語を学ぶことについて、‘自分が使用している母国語のレベル以上にはならない’という様なことが書かれていたけど、本当ね。人に語るほど、きれいな言葉遣いしてた訳ではないからあれですが、流暢ではなくても、ないからこそ、丁寧に話したいと思う今日このごろです。
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働き始めて約1ヵ月。

もう、本当に、何度もくじける。ほぼ毎日、よし今日から生まれ変わろうと思っている。輪廻転生。来る前は1年,2年てあっという間ねーと思っていて、いや今もそれはそうだけど、この1ヵ月は果て無き1ヵ月に感じたよ。

ノートの端っこにうすーい字でタスケテて何度も書いたし、独り言も多いし、わけのわからない夢も見て、目に見える景色の色がいつもとは違うようで 本当に自分は危険な域にきてしまったと思うほど追い詰められました。

しかし、私がこんなにも、うぐぐがが・・てなっているにもかかわらず、姉からは‘おもしろ動画ちょっとみて’と添付メールが届き、母からは‘ボーリングはじめました’みたいのがきた。のんきすぎる家族に確かに癒されたが、同時に、ススーと冷静になり、自分の身は自分で守るしかないと悟る。姉は私の境遇を「それでも隣の芝生は青く見えるよ、うらやましい」て言ってたけど、本当そんなものなのかもしれないねえ。

 
どんなに苦しくても、今が大事なのはわかる。

つい数ヶ月前までNew Zealandで生活をしていた寺ちゃんからのメッセージはとても心強い。

- 誰もしらない場所で一人で生活をはじめることそれだけでもとってもbraveなこと。。だから自信をもって!
きっと1年後くらいに今という時間がとても愛おしくなるよ。 keep open mind!! big hugs&kisses -

なんてやさしい!なんて励まされる、すてき。

自ら、できるだけ甘えられない環境に身をおくことを選んだけど、友達がいないのはこんなにも切ないとしみじみ感じる。そしてお金使わないな・・とも
わざわざ友達は大切なんて、言うことが野暮だと思っていたが、言いたいくらい助けられてる。

毎日、自分のテンションを落とさないことに必死。
紙に目標とかあれこれ書いたり、さなぎ風に24時間昏々と眠ってみたり、映画をひたすらみたり、無理に明るい音楽かけて変な踊りしたり、海沿いをおしゃれにランニングとか、ばか食いとか。

ここに一人でも、気楽に笑い合える友人がいたら、すべて解決しそうな気がする。


そんなことを考えながら、図書館で借りた本の文章を参考に、文をつくる。

Have there ever been girls that have supplied me with more interesting materials than Ayano and Kita-chan.
- あやのと北ちゃん以上にわくわくねたを持ってくる娘がかつていただろうか -


原文はThe Rolling Stonesがいかに功績を残しているか書いている立派なものなのに・・まぁ、私はこうしてふざけつつ勉強しつつ生きてます。


イギリスの情報を何もお届けできてない。


- BBC Life- 
これクオリティーすごすぎて目が離せなかった チーターに食べられてるダチョウが自分と重なって少しなけた・・ 
少し長いけどぜひ!すごいよー


the law of the jungle 弱肉強食、英語で「ジャングルの掟」なんだねえ

2011年8月20日土曜日

Otherside




近道 どんぐりの道 トトロより日本人に会いたい


 繁華街も横を見るとすぐ海

急に動いた橋

Osborne Houseほんの一部

やるせない休日。おちこみ、いらいらし、自分が自分にたすけてほしい、むなしいサイクル。そんな気分に合わせて、雨と風がすごくてRed Hot Chili Peppersがかかっててここはイギリスの素朴な島で、海が荒れて、むずむずくるしくて

む・・場面としては悪くないな、なかなかおしゃれなシチュエーションでは・・こうして、結局はくだらないことを考えてしまう。なんてださい私。東京にいるときは、なんとなく孤独に飢えていて、ほうっておいてちょうだいなんて思っていて、だからこそ今ここにいるのだけど、今まさにほうっておかれていてさみしい。

ほんもののホームアローン。
しかし、誰かにかまってほしくて海を見ながら世界の遠さに嘆きつつ、PCをあけたら即刻に友達と繋がって話ができた、今度は世界の小ささにおどろく。時差のおかげで人を眠くさせて申し訳ないけど、本当に助けられたよ。今の便利な世の中でさえこんなにもきりきりするのに、マルコポーロやコロンブスは本当にすごい。勇気があるなぁ。
第六感も働かなければ、さして想像力もない私。ここで何かを発見するたび人と分かち合いたくなる。けれど「あそびに行くね」て言ったら本当に来てしまいそうな友達ばかりなので、その時までいろいろ大事にとっておくね。

優しいひとばかりでもなければ、甘い話ばかりでもなく、他力本願でも生きていける気がしてたけど、今は自分が止まると本当に時間だけが擦り減る。なんてシンプル。
これは出る杭打たれる痛さ、成長痛か何か そう思いたい
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気分転換に今日はふらふら町まで歩く、天気も最高。何回おなじ道を歩いても、この島はかわいらしくて仕方ない。何度も夕焼けに感動する。心くじけては、島のチャーミングさに励まされる。谷川俊太郎の「だいすきだよ ゆうやけ」という詩の一部が毎日あたまを過る。
ここでの物の価値がまだよくわからないけど、シュワルツコフのシャンプーが£1(約130円)で買えたよ。そして‘500日のサマー’と‘INTO THE WILD’のDVDが各£3(約390円)。決して物価が安い国ではない中こういったものはじめ、お酒やお菓子は特に安い気がする。つまり、私のすきなもの、どうりで居心地がいいわけ。
薬局で日用品を買ってふらふら歩いてたら図書館を発見、近道も発見、テニスコートのある大きな公園も発見。さらにひたすら歩き続けて港に出て座ってたら、なんとその場所ごと動き出して向こう岸に渡った・・!トムソーヤ、どうやらFLOATING BRIDGEなるもので、向こう岸の町とこうして行き来している様。ただのビニール袋ぶらさげてる割に遠くまで来てしまってあわあわしたが、そこに「オズボーンハウス」の看板を発見し、さらに進むことを決心。

オスボーンハウス
ヴィクトリア女王が愛したことでとても有名な、かつてのイギリス王室の離宮なのです。歩きすぎて足がもつれにもつれ、操り人形みたく坂を上って到着。ものすーごい広くて、きれいなガーデンで、さらにビニール袋の自分が迷い込んだおばさんに思えて、ここは閉園間際にいそいで見るには惜しすぎると考え即刻退散。次回ゆっくりまわろう。

気づいたら5時間くらい歩いてた。

その後クリニックに行く。仕事の健康診断で背丈を測ったのだが、あの小さいころ柱にマークしたような測り方で、案の定159㎝で記録。いつも154cm・・

細かいことは気にしないところも、やっぱりいい。


毎週金曜日、老人ホームのLUNCHはFish&Chips
余生を楽しむスタイルがとても気に入っている


 

2011年8月12日金曜日

「私こんな町に住みたかったの」

COWES WEEK !!

Mediaもたくさん

部屋から海


大きい窓と壁のひび


部屋からのヨット


がんばれ日本



I came back to the civilized world.....

ここ一ヶ月弱ほぼネット環境なく過ごし、今日やっと文明社会と繋がって、みなさんのお気遣いのメールから、イギリスで深刻な暴動が起きていることを知りました。ありがとう、私は無事!


ここのとこ何をしてたかというと、ロンドンで3週間を過ごした後3日前にイングランド南方にあるthe isle of wightという島に移動して、今ここの老人福祉施設でせっせと働きはじめたところ。一日9時間、週休2日、日本にいるときと同じリズム。

はじめてのLondon-天気やごはんの心配は一瞬で吹き去り、私はここがだいすきになってしまった。煉瓦でできたヒストリカルな建物の数々、lovelyとしか言いようがない。ほめたいところが多すぎて、ロンドンのあれこれは追々。ともかく、この土地に惚れて移住した葉加瀬太郎さんにひどく共感している。

今私の住んでいるisle of wightのCowesという町はというと、何もなくて最高なのです。場所や諸々the isle of wightリゾートなのに控えめで、自然がいっぱいあって、海に囲まれて、とてもFestivalが多い島!特に有名なのは音楽とヨットと王族との関わり、歴史が深い土地。世界過去最大の野外ロックフェスがあったところ、今でも毎年大きな野外フェスがある。また、世界規模のヨットレース「アメリカスカップ」発祥の地。

そして今まさに!世界大会が私の町Cowesで行われている。Cowes Weekといって、一年で一番、この港に国内外から人が集まる時期のよう。本当に人がすごい、ヨットの数のすごい、貴族がいる。

日本の旗も見つけて、すこし恋しくなる。がんばれ、日本と私。

振り返ると、なにかに導かれたかのような上半期だった。まずは喉から手がでるくらい求めたVISAが運良くとれたこと(何かが欲しくて胃がきりきりしたのはこれがはじめて)、退職するタイミングがナイス、仕事が見つかった、プライベートもきりがいい。ロンドンが私を呼んでいる、という思い込みでここまで辿り着いた。

ロイヤルウエディングの年に来たこと、きっと一生忘れない、ケイトがかわいくてすき。そして来年はロンドンオリンピック!CowesもHOT真っ只中、海沿いにBARが並んで音楽と笑い声と空と風がある、花火も。行く先々で「ナイスタイミングで来たね!」と何度も何度も言われた。そういえば今年のおみくじは2回とも大吉だったなぁ、旅立:行く先利益あり。 

職場から与えられたマイルームが狂おしく魔女の宅急便。働いてるとこの一番上に住んでいる私、目に見える景色も、町も、気持ちもまるでキキで切なくていい。半人前の自分とリンクしている。

その上、パン屋のオソノさんもいる。そっくりなの、みにきてほしい。
「私こんな町に住みたかったの」 - キキ